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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2155号 判決

控訴人 鈴木はつ

被控訴人 鈴木操

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録〈省略〉記載(一)の宅地につき昭和二四年九月二一日附売買契約に因る所有権移転登記手続を、また別紙目録記載(二)の各農地につき右売買契約による所有権移転のため千葉県知事の許可申請手続をそれぞれなすべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求(変更部分の請求を含む)を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一、二項同旨並びに控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載(二)の各農地につき、千葉県知事の許可を得た際は、昭和二四年九月二一日附売買による所有権移転登記手続をなすべき旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

被控訴代理人において、

一、本件売買契約の目的物である土地のうち宅地以外の部分は農地であり、右農地の部分の売買についてはいまだ当該県知事の許可又は農業委員会の許可を得ていない、しかし本件売買契約は右許可を停止条件としてなされたものであつて、かかる条件附農地売買契約は法の禁止するところのものではなく、有効であり、仮に農地の部分の売買契約が右許可を得ていないというだけの理由で無効のものであるとしても、宅地の部分の契約は有効である。

二、本件売買契約締結の日に被控訴人が控訴人に交付した金二万円が本件売買契約の手附金であることは認める。

三、かりに訴外鈴木貞男がその代理権限を超えて本件宅地の売買契約をなしたとしても、同人は本件売買契約をなすに当り、控訴人の印鑑証明書を持参して、これを被控訴人に示したので、被控訴人は、右鈴木貞男に控訴人を代理して本件宅地の部分をも売り渡す権限あるものと信じたのであつて、かく信ずるにつき正当の理由があつたものである。

と述べ、控訴代理人において、

(一)  本件売買契約の目的物件である農地を控訴人の三男鈴木貞男が控訴人を代理して被控訴人に売り渡す権限のあつたことは認めるが、控訴人は右貞男に対し、本件宅地の部分をも被控訴人に売り渡す権限を与えたものではない。

(二)  しかも本件売買契約は、農地と宅地とを一括してその目的物としたものであり、農地については未だ当該県知事の許可を得ていないのであるから、農地の部分については売買契約は効力を生じない。従つてまた宅地の部分についてもその効力を生じないものである。

(三)  かりに本件売買契約が有効としても、控訴人は鈴木貞男を通じ、昭和二八年四月二四日頃被控訴人に対し、手附金二万円の倍額金四万円を提供して、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたが、被控訴人はその受領を拒んだので、控訴人は同年四月三〇日右金員を供託した。よつて本件売買契約は解除となつたものである。

と述べた外、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人が昭和二四年九月二一日その所有にかかる別紙目録記載の土地のうち(二)の農地の部分を、控訴人の三男鈴木貞男を代理人として被控訴人に売り渡したこと、並びに被控訴人が右売買契約成立と同時に手附金二万円を控訴人に交付したことは、当事者間に争のないところであり、原審証人鈴木貞男の証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果と甲第一号証とによれば、訴外鈴木貞男が、右農地の売買契約と同時に、別紙目録記載の(一)の宅地についても、控訴人の代理人としてこれを被控訴人に売り渡したことが認められる。

しかるところ、右証人鈴木貞男の証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は右貞男に対し、前記宅地の部分をも被控訴人に売り渡す権限を与えたことはなく、右宅地についての売買契約は、鈴木貞男がその権限を超えてなしたものであることが認められ、右認定に反する原審証人鈴木太助の証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果はたやすく信用することができないし、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

被控訴人は、かりに鈴木貞男に本件宅地を売り渡す代理権がなかつたとしても、被控訴人は鈴木貞男に右代理権ありと信じて売買契約をなしたのであつて、かく信ずるにつき正当の理由を有していたものであると主張するので考えるに、訴外鈴木貞男が別紙目録記載の(二)の農地の売買については控訴人の代理権があつたことは前記認定のとおりであり、成立に争のない甲第二号証、原審証人鈴木太助、同鈴木貞男(但しその一部)の各証言並びに原審における被控訴人及び控訴人(但しその一部)各本人の供述を総合すれば、控訴人は鈴木貞男から頼まれて、自己所有の本件農地を他に売却することを承諾し、自己の印章を貞男に交付してその売買契約をなすことを依頼したところ、鈴木貞男は右印章を用いて控訴人名義で、本件農地のみならず本件宅地をも売却する旨の売買契約書(甲第一号証)を作成し、これと控訴人の印鑑証明書(甲第二号証)とを被控訴人に交付して、その売買契約の申込をしたので、被控訴人は、鈴木貞男に本件各土地につき控訴人の代理権あるものと信じ、本件農地及び宅地につき代金三万五、〇〇〇円で売買契約を締結したことが認められる。右認定の事実によれば、被控訴人が鈴木貞男に本件宅地の売買についても代理権があるものと信じたことはいわゆる正当な理由があつたものと認めるのを相当とする。しからば控訴人は、代理人たる貞男の右売買契約により本件宅地についてもその責任を免れることはできないものといわなければならない。

控訴人は、かりに右のとおりとしても、鈴木貞男のなした本件売買契約は、農地と宅地とを一括してその目的物としたものであり、農地については未だ当該県知事の許可を得ていないから、農地の部分については売買契約はその効力を生じないし、従つてまた宅地の部分についてもその効力を生じないものであると主張するから考えるに、本件農地の売買につき未だ当該県知事の許可を得ていないことは、被控訴人もこれを認めるところであるから、農地については売買契約はいまだその効力を生ぜず、農地の所有権は被控訴人に移転していないものといわなければならない。しかしながら、それだからといつて、右農地とともに売買せられた本件宅地に関する売買契約までも無効を招来すべき特段の事情は認められない。もとより本件売買契約は農地と宅地とを一括してなされたものではあるけれども、その目的物件は異なるし、利用目的からいつても両者は不可分の関係にあることは認らめれないし、また、原審証人鈴木太助の証言によれば、本件売買代金三万五、〇〇〇円は農地につき金一万円、宅地につき金二万五、〇〇〇円としてきめたものであることが認められるので、当事者の意思からみても、本件農地と宅地とを不可分のものとして売買契約したものとは認めることができないのである。従つて本件宅地に関する売買契約は有効で、これにより本件宅地の所有権は、特別の事情なき限り、被控訴人に移転したものといわなければならない。

而して本件売買契約中農地に関する部分については、前記の如く、当該県知事の許可を得ていないがため、該農地所有権がいまだ移転の効力を生じないとはいえ、右農地に関する売買契約をもつて、法律上なんらの効力をも生じないものと目すべきではなく、むしろ当事者の意思としては、通常、右許可のあることを条件として農地の所有権を移転すべきことを約したものと解するを相当とするのみならず、前記甲第一号証、原審における証人鈴木太助の証言並びに被控訴人本人の供述を総合すれば、控訴人の代理人たる鈴木貞男が被控訴人に対し、本件農地に関する当該県知事又は農業委員会等の許可を得る手続一切を引受けて聊かも迷惑をかけないことを約したもので、本件農地に関する売買契約は右許可を得ることを停止条件としたものであることが推認される。而してかかる停止条件附農地売買契約は、農地調整法第四条、農地法第三条の規定の趣旨に反するものではなく、これを有効と解すべきである。

控訴人は、かりに本件売買契約が有効としても控訴人は鈴木貞男を通じ、昭和二八年四月二四日頃被控訴人に対し、手附金二万円の倍額金四万円を提供して、本件売買契約を解除する旨の意思を表示した旨抗弁するから、考えるに、原審における証人鈴木貞男、鈴木たけの各証言並びに控訴人本人の供述によれば右抗弁事実を認めることができる。しかしながら、成立に争のない乙第一号証、原審における証人鈴木太助、久城のぶの各証言並びに被控訴人本人尋問の結果と前記甲第一号証とを総合すれば、本件売買契約においてその履行期を六ケ月後と定め、その際に所有権移転登記手続をなすと同時に残代金一万五、〇〇〇円を支払うべき約定であつたが、控訴人は右履行期を過ぎても、少しも売買契約の履行をせず、被控訴人は屡々控訴人或はその代理人鈴木貞男に対しその履行を求めたが、同人等において単に猶予を求めるばかりばかりで徒らに日時を遷延しこれに応じないので、遂に昭和二八年四月上旬訴外宮野某に依頼して控訴人等に履行の請求をなさしめたところ、控訴人は同月二四日頃始めて前記の如く、手附倍戻による売買契約解除の意思表示をなすに至つたものであること、並びに被控訴人においては控訴人が本件土地の所有移転登記手続をすれば何時でも支払えるよう残代金の準備をしていたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被控訴人は買主としての契約の履行に着手したものというべく、控訴人の手附倍戻による解除の意思表示は、被控訴人がすでに契約の履行に着手した後になされたものであることが明らかであるから、控訴人の右解除の意思表示はその効力を生ずるに由なく、前記抗弁はこれを採用することができない。

而して、成立に争のない甲第三、四号証と原審における証人鈴木太助、牧野孝の各証言並びに被控訴本人の供述によれば、被控訴人が昭和二八年四月三〇日控訴人方に残代金一万五、〇〇〇円を持参提供し、登記所へ同道所有権移転登記手続をなすよう履行の請求をしたけれども、控訴人が右代金の受領を拒み履行に応じなかつたため、被控訴人は同日千葉地方法務局木更津支局に右金員を供託した事実(右供託の事実は当事者間に争のないところである。)を認めることができる。

果してしからば、控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載(一)の宅地につき前記売買契約に因る所有権移転登記手続をなすべき義務があると共に、別紙目録記載(二)の農地につき所有権移転のため当該千葉県知事の許可申請手続をなすべき義務あるものといわなければならない。従つて被控訴人の本訴請求中右認定の限度における請求は正当であるから、これを認容すべきものとする。

なお、被控訴人は、控訴人に対し別紙目録記載(二)の農地につき当該県知事の許可を得た際は売買による所有権移転登記手続をなすべき旨請求するけれども、右の如き請求は将来の給付を求める訴であつて、かかる訴はその請求をなす必要ある場合に限り、これを提起しうるものであるところ、本件においては、県知事の許可があることはまことに不確実であり、且控訴人が本件農地の売買については争わないのであるから、将来知事の許可があつても、なお農地について所有権移転登記手続の義務を履行しないことが明らかであるとはいい得ない。従つて本件では、予め右請求をなす必要がないものといわなければならないから、前記請求部分は失当で、これを棄却すべきである。

よつて、右と符合しない原判決はこれを変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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